ベトナムの歴代王朝とは?
『売り家と唐様で書く3代目』といえば、
初代が苦心して財産を残しても、3代目にもなると没落してついに家を売りに出すようになるが、その売り家札の筆跡は唐様でしゃれている。遊芸にふけって、商いの道をないがしろにする人を皮肉ったもの。(goo辞書より)という意味です。
『ベトナムの王朝ってどんな王朝だったのだろう?』
『その継続年数は?』
と調べていくうちに、『ベトナム王朝は3代目くらいで移り変わったのかも!!』と気づいた話です。
そもそもベトナム、中部のフエに行った時に、ここはグエン王朝の世界遺産の宮殿だと聞いたことから、疑問がはじまりました。
そもそも、ハノイが都でないんだ、、、
ずっと、フエに都はあったのかな?
んんん?
中国の王朝は、殷・周・秦・漢・・・と世界史が大嫌いだった私でさえ思い出せるほど、学校で教えられ口をついてでてきますが、ベトナムについては全く分かりません。
というわけで調べると、この中部フエのグエン朝は1802年から1945年までだと。。。
ではその前はどうだったのかと調べたら、次の通り、大きくは4つの王朝があったのです。
1.李朝: 1010年 - 1225年(りちょう)
2.陳朝: 1225年 - 1400年(ちゃんちょう)
3.黎朝: 1428年 - 1527年(れちょう)
4:阮朝: 1802年 - 1945年(ぐえんちょう)
別にこのように王朝を並べただけでは何も思わないですし、世界史が大嫌いだった私としてはアレルギーさえ出てくる感じです。そんな私がこの王朝の家の3番目の黎朝についてのいろいろな記事、情報をみていてハタと気づいたのです
気づいた時の黎朝に関する記述が次の内容。
『中国、明を撃退した、レ・ロイ(黎利)が即位して、レ・タイ・ト(黎太祖)となる。 、、、が、1471年、レ タイ トが死去すると、黎朝が弱体化。』
カリスマ経営者がいなくなると、会社が傾くのに似てます。
そう、創業者であるカリスマ王がいなくなると弱体化するのです。そういった目で見ると、王朝の継続年数に特徴があったのです。
1つ目の李朝は215年、
そしてその次の陳朝は175年。
そして3番目の黎朝:については99年。
その次のグエン朝に関しては143年です。
こうして見てくると王朝の継続年数が100年前後、長くて200年といった王朝の傾向がみてとれます。
振り返ってみると、日本の場合、
奈良時代: 710年 - 794年⇒ 84年
平安時代: 794年 - 1185年⇒391年
鎌倉時代: 1185年 - 1333年⇒148年
室町時代: 1336年 - 1573年⇒237年
江戸時代: 1603年 - 1868年⇒265年
ベトナムとは単純比較はできないとは思いますが、政治がかわる、大きな意味で支配層がかわる、ということでは、100年から300年前後という点で、似ているといえば似てるし似ていないようにも感じます。ただ、大きくは2~3世代で政権が変わっていくイメージは同じなのかと感じます。
人間って、やっぱり昔から本質的にはかわっていなくて、2~3世代くらいで権力がおとろえてしまいがちなのは人間だから仕方がないことなのだと思います。
また、100年から200年という単位で、価値観や考え方が変わっていき、変革を要望する人が増えて結果的にこのように、全体の仕組みが変わっていく、といったこともあると思います。
こんなこと、日本にいたら、全く考えないですし、ベトナムにいると大陸で他の国と陸続きで日本の時とは全く違う意味で、国境線という存在に緊張感を感じとれます。
日本よりもベトナムにおいては陸続きで中国の影響なども多く受けることが多く変革の期間が日本よりも短めになったのかもしれません。
こうしたことを考えながら、ハノイにあるタンロン遺跡をみていると、約1000年前にこの地に都がおかれ、めぐりめぐって、今はこのハノイの地に首都があることがなんだか感動です。