「サッカーの試合前は麺類を食べるとええねん」
そんな迷信を信じて、久しぶりに富士そばに行きました。海外から帰国したばかりの私は、なぜかサッカーの試合で参加費として1000円札が必要だと聞いていたんですね。
「よし、富士そばで食べて、お釣りに1000円札をもらおう」
と考えた私は、財布から1万円札を取り出しました。
「いらっしゃいませー」
元気なおばちゃんの声に迎えられ、券売機の前に立ちました。メニューを選んで、颯爽と1万円札を入れようとしたんです。ところが…
「ん?」
札が戻ってきました。
「変だな」
もう一度入れてみます。また戻ってきました。三度目の正直で入れても、やっぱり戻ってきます。
「もしかして…」
久しぶりの日本、1万円札に見慣れていない私の頭に不安が過りました。
「もしかして、誰かに偽札を掴まされたんじゃ…?」
おばちゃんも怪しげな目で私を見始めました。レジカウンターから身を乗り出して、「どうしたんですか?」と声をかけてきます。
「あの、1万円札が入らなくて…」
「ちょっと見せてみ」
私の1万円札を手に取ったおばちゃんは、光にかざしたり、札をしならせてみたり。まるで刑事ドラマの鑑識みたいな真剣さです。
「うーん、問題ないようだけど…」
おばちゃんも何度か入れ直しますが、結果は同じ。どうやら私が怪しい人間ではないことが少し伝わったようです。
「ちょっと待っててね、両替してくるわ」
おばちゃんは店の奥へ消えていきました。
「はい、お待たせ。5000円札と1000円札5枚で良いですか?」
「おお、ありがとうございます!」
喜び勇んで受け取ろうとした瞬間、私は5000円札の端がほんの少し破れているのに気づきました。
「あの…この5000円札、ちょっと破れてるんですけど…」
「え?どこが?」
「ここですよ、ほら」
海外暮らしが長かった私は、ピシッとした完璧なお札しか受け付けない国々を知っています。レジで
「This bill is damaged(このお札は破損しています)」
と突き返された苦い記憶がよみがえります。
「破れてるお札は受け取れないんです。すみません」
おばちゃんの表情が微妙に変わりました。「日本では少しぐらい破れてても…」と言いかけたようですが、私は再度券売機の方へ向かいました。
そして、よーく見ると…券売機の小さな表示に気づいたんです。
『ただいま2000円札、5000円札、1万円札はご利用いただけません』
「あのー、おばちゃん!機械がお札受け付けへんって書いてますわ!」
思わず関西弁が出ました。おばちゃんも見に来て、
「あら、ほんとだ。ごめんなさいね」
さらに説明が続きます。
「実はね、お釣りの千円札が店内になくてね…」
やっと私が怪しい人間ではないことが証明され、おばちゃんも「やれやれ」という表情です。
「あの…実はSuicaも使えるんですよ」とおばちゃん。
「…え?」
そう、最初からSuicaでピッとやれば済んだ問題だったんです。でも私は、サッカーの試合で1000円札が必要という一点にだけ執着して、約10分も無駄にしてしまいました。
そんなやり取りの後、おばちゃんが「あー!」と叫び声を上げました。奥を見ると、茹ですぎて伸びきったそばが…。
「すみません、蕎麦茹ですぎてもうたわ。最初から茹で直しますね」
結局、1000円札にこだわった私は、さらに10分も待たされることになったのです。
「せやから言うたやん。試合前は麺類がええって…けど、伸びたらアカンねん!」
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